「長濱レザー」は、湖北地域に昔から根づいてきた工芸ではありません。
「伝統の朱を残したい」という強い思いを持ったひとりの職人の手によってできた
湖北生まれの新たなプロダクトです。
「伝統の朱」とは?なぜ残さなければと思ったのか?長濱レザーをあみだした
MATCH Leather Works主宰・町本卓也さんにお話を伺います。
高月町にある東柳野は、水路に囲まれ、朱(あか)い柱の町並みがつづく集落。ここは、革製品を制作している町本さんの生まれ育った場所。
冒頭にもあった“朱“とは、「べんがら」という防水・防腐・防虫・防汚・耐光性に優れた酸化鉄です。湖北の日本家屋では、柱や格子にべんがらを塗って寒暖差から家を守る風習があり、昔から馴染み深い色なのです。
町本さんは、自宅の離れを工房としています。そこは、共働きだった両親の代わりに面倒をみてくれていたおばあちゃんが使っていた部屋で、幼少期の思い出が詰まった場所でもあります。
町本さん(以下:町本)
『小さい頃のおばあちゃんとの思い出のなかには必ずべんがらの朱があった。だから、この思い出の朱を残したいと思ったのだと思います』
お芝居に関わる仕事をするために地元を離れ、大阪でいろんな職種を経験した町本さん。もともと手仕事が得意で、着物を洋服にリメイクしたりしていました。
革細工を始めるきっかけは、奥さんのお母さまからもらった革ハギレ。革の面白さに魅せられた町本さんは、独学で染色や加工方法を覚え、地元で自分らしく働きたいと本格的に革と向き合うように。
町本
『べんがらの家がなくなってしまうかもしれない。その現実を知って、何か自分にできることはないか、と考えていました。例えば、身近にある手回り品なんかで、どうにか残せないかなとずっと考えていて。そのときに、革にべんがらを塗ってみてはどうか・・・と思いつきました』
柿渋の香りがたちこめる工房。べんがらの風習を自分のできることで次世代に伝えていきたいという純粋な思いで、革にべんがあと柿渋を塗ることからチャレンジが始まりました。
天然皮革ならではのキズやでこぼこした血筋もべんがらを塗ることで、その革の持ち味を生かせるようになりました。さらに染めでなく「塗り」という加工法だから、まるで木目のような温もりあるマテリアル「長濱レザー」が誕生したのです。
町本
『ひび割れや塗装の剥離を防ぐために、べんがらの薄塗りを何度も繰り返し、乾燥も含めれば5日~1週間掛かっていました。でも、それでは効率があまりにも悪く、加工法にも試行錯誤しました。いまは、グレージング加工のような方法を取り入れています。柿渋に混ぜたべんがらで色付けと艶出し、磨きがいっぺんにでき、1日で安定した塗装革が出来るまでになりました』
グレージング加工とは、半乾き状態の皮革をガラス板でかなり力を込めて磨き、表面を平らにしてツヤをだす革職人のあいだでよく使われる加工法です。長濱レザーは、ガラス板の代わりにタオルで磨く方法にアレンジし、余分なべんがらを拭き取りながら磨きをかける。工房の脇には、真っ赤になったタオルがあった。
町本
『作った商品は少なくとも1~2ヶ月まず自分で使ってみて、生地とデザインのバランスや使い勝手を確かめます。このコインケースも手の中に収まって小銭を出しやすいようにと考えていたら、丸いフォルムに。使っていくことで、ひっかかりを見つけたらどんどん改良していきます』
丸いコインケースは、前と後ろでパターンが違う。皮革を手の中でうまくいせ込んで少しずつ手縫いしてしないとこの丸いフォルムはでない。このかたちを表現するまでにどのくらい試行錯誤があったのだろう・・・想像するだけでもその道のりは長かったはず。
故郷の風景への愛着が、使い手に心地よさを与えてくれる長濱レザー。「革×べんがら」という、現代にも取り入れやすいシンプルなマテリアルで湖北の暮らしを表現されていました。
今まであたりまえにあったものがなくなってしまう危機感から、次世代に伝え残していきたいという強い思いを持った人が、地元の特産物を生みだしていくのかもしれない。
『奇をてらったものよりも、スタンダードなものをつくって永く使ってほしい』
誰がどんな思いを持ち、何をつくっているかが重要視されている時代。長濱レザーを通して、べんがら塗りの町並みがある故郷の風景を知ってもらいたいと願う町本さん。現在は、各地で行われているマルシェなどに精力的に出店されています。今年は、どんどんの近くの町家を工房兼ギャラリーとして「拠点」をつくる計画も。ますますこれからの活躍が楽しみです。
お話を伺って、ふと地元の風景はどんな色だっただろう、と思い返していました。
あなたの故郷は、何色でしょう?