クリエイターズミーティングという波に乗り、長浜のクリエイターたちがそれぞれの舟を漕ぎ出した。向かう先は、東京台東区。江戸の下町文化が色濃く根付き、アパレルの副資材や宝石、皮革などの卸問屋が数多く立ち並ぶものづくりの街だ。
近年、ここ台東区には、若手作家やクリエイターたちが根を下ろし、工房やショップをつくり、街にぎわいをもたらしているという。
なぜ、いま東東京が面白いと言われているのか。その根源たるものは何か。私たちは、ここ台東区で廃校になった小学校をクリエイターのアトリエとして再開し、何人もの作家を“経営者”として育てた『台東デザイナーズビレッジ』の鈴木村長に案内してもらい、クリエイターの第一線となって活躍する方たちからお話を伺うことができた。
◆デザビレの1期生 「m+(エムピウ)」村上雄一郎さんが蔵前に工房を持ったワケ
◆「書く」を通じてエンドユーザーと職人を繋ぐカキモリの魅力
一同は、『m+(エムピウ)』という革製品のオーナーとして蔵前にショールームと工房をもつ村上雄一郎さんのところへ向かった。村上さんは、台東デザイナーズビレッジの最初の卒業生だ。 今は、1階がショールーム、2階が工房というかたちで革製品の製造・販売をしている。
革素材独特の匂いが立ちこめる工房は、丸めて棚にストックされた様々な種類の革がストックされていた。ここで、エムピウの商品が生まれてくるのだと思ったら心が弾んだ。
村上さんが工房でエスプレッソを振る舞ってくれた。食後すぐに訪れたので、とてもありがたい一杯。私たちは、作業台を囲んで村上さんからブランド誕生から今までの経緯を教えてもらった。
台東区蔵前は、今でこそゲストハウスや海外の有名チョコレート店、オリジナルノートが作れる文具店など、面白いお店ができているが、村上さんが工房を構えた頃は、週末はコーヒーチェーン店も定休日にするほど街にひとはいなかったという。
「蔵前に工房をもったのは、革や材料を仕入れやすい問屋街だったということと、単純に都内のなかでも家賃が手頃だったから。以前は観光客が週末街を歩いている光景なんてなかったですよ」
そう話す村上さんは、もとは設計士。建築設計事務所で働いていた頃に革という素材に興味をもち、ものづくりの道へ進んだそうだ。そこからフィレンツェに革職人のもとで修行した後、台東デザイナーズビレッジの1期生として入居された。
『ミッレフォッリエ』という2つ折り財布は、10年以上、m+の看板商品だ。手にとってみると、やわらかな革で手馴染みが良い。広げれば、札差しと小銭入れ、カードがいっぺんに見られる構造になっていて、一目で使いやすい印象。もともと設計士だった村上さんならではのアイディアだと商品を見て感じることができた。
とはいえ最初はなかなか思うよう経営はいかず、悩みの時期もあったそう。“作家から経営者”への転換期になったのは、ミッレフォッリエが新聞の通販ページに掲載されたとき。通販ページのファンから依頼が殺到し、認知度が一気に上がり、自分ひとりの手で追いつかない状況に。このことが、工場へ生産を依頼することを決めたきっかけになった。
「最初は、他へ頼むのは戸惑いもあった。どんな工場でも良いというわけではないので、相談できたり提案をもらえたり、向上心のある工場と出会うことや信頼関係は一緒に取り組んでいくうえで大切にしています」
今では、既存のデザインの生産は工場へ依頼するスタイルをとり、たくさんのお客さまの手にエムピウの商品を届けている。そして、村上さんはこの工房で新商品開発のためのサンプル作りに勤しんでいる。
クリエイターの卵が孵り、また新たなクリエイターの卵が羽ばたきたいとやってくる。その繰り返しが蔵前エリアをじわりじわりと味わい深い街へと育てていったようにも思えてきた。
まちづくりはひとづくり。点だった光がそれぞれ力をつけて輝きを増し、それらが集まって大きくなり、遠くのところまでその光が届くようになりだす。すると遠くからもその街のことを発見しやすくなるのだろう。
蔵前は、新三者のクリエイターがコミュニティに入りやすい環境だと村上さんは話してくれた。
「今年で10回になる“モノマチ”は、クリエイターと接点を持てるきっかけにもなる。新しいお店ができると、なんか新しいお店ができたねと言って門をたたいて、飲み会に誘ったりして仲よくなることも。それぞれの店に集まることもあるくらい蔵前のクリエイターたちは仲がいいですね」
ものづくりを通して、人々のコミュニティが生まれる仕組みが蔵前には出来ていた。そういえば、村上さんが出してくれたエスプレッソのホーローの器もメンバー全員色、色違いで出してくれていた。
続いて、雨の蔵前を進む。次に鈴木村長が案内してくれたお店は、大きなウィンドウから、木のぬくもりを感じられるようなインテリアがあるお店が目に飛び込んできた。ここが蔵前のにぎわいのキーとなるお店『カキモリ』だ。2010年に開店し、2017年にこの場所へ移転した。
“書くきっかけをつくる”ことをテーマにした文房具店で、専用棚にきちんと並べられた様々な種類のペンやノートや便せんの見せ方は、文房具に関わるすべてのものや人に敬意を感じさせる佇まい。さらに魅力的なのが、お店に置いてある用紙や表紙を自由にカスタマイズして、自分だけのノートが作れるという紙もの好きにはたまらないサービスがある。
訪れた日は平日の雨にも関わらず、文房具好きの人や海外からの観光客、世代や年齢を問わずたくさん来店していた。週末はさらに混み合うとのこと。
「書く人と職人をつなぐための場としての役割もカキモリは担っていると考えています」と語ってくれた店主の広瀬琢磨さん。
カキモリのオリジナルのペンやノートは、メイドイン蔵前。文房具の下請けメーカーや職人がいる蔵前だから、間にメーカーを挟まず直接職人に依頼でき、適正価格でお客さんに商品の提供ができるそう。さらに職人の言い値での取引をしているということも話してくれた。店内には、職人さんの仕事風景が展示されていた。
パソコンやスマホの普及で、人との連絡やメモをとるという行為が簡単になり、職人の数も減ってきている現状だからこそ、カキモリの掲げる“書くこと”というテーマ性そのものに温かみや豊かさを感じ、共感できるものがあった。
お店に入ってすぐ右側の棚に、薄紙でできた“カキモリのある町”という名のオリジナルマップが置かれていた。B3サイズの紙の中にお店の名前やイラストがぎっしり詰まっている。これを見ただけで、この周辺には素敵な場所がたくさんあることがわかるし、これを片手に街を散策したくなる。
「周辺マップは、いろんなお店が独自の目線のものがあるほうが面白いと思います」と話す広瀬さんに、どんどんご近所MAPを見せたタケムラ店長。お互いの周辺マップを見せ合うのも、それぞれのまちの話ができて良いかもしれない。
まちのキーマンたちは、“材料が揃っている”、“職人に直接交渉できる”など、このエリアの特性や資源をうまく汲み取って、それぞれのかたちで活かしまちのなかへフィードバックしていた。
長浜は、どんな特性があるだろう。1日目は、そんなことを考えさせられるフィールドワークだった。