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2016.10.13
散策のすゝめ

水辺探訪 その1 〜水辺を読み解くスペシャリスト〜

琵琶湖のほとりの水辺の暮らし

長浜旧市街の路地裏、どんどん橋の架かる場所では、
穏やかな住宅の庭先で『米川』と『八幡川』という
ふたつの川がほんの少しだけ交わったあと、
琵琶湖に向かってふたたび分流するという
ちょっと変わった景色があります。

米川と八幡川

水は冷たく澄んでいて、
コアユ・オイカワ・ウツセミカジカといった小さな魚や、
マガモ・シラサギなどの水鳥、
そして彼らが餌にするような
水生昆虫・爬虫類・両生類がたくさん棲んでいます。

つかまえて観察したり図鑑で調べたり、
好奇心の刺激される楽しみ方はいろいろ。
夏休みには近所の子ども達が網を持って遊びに来ています。

こういう水辺の景色、
自然環境の豊かな田舎ではさして珍しくありませんが、
その水辺にわらわらと
たくさんの人間たちも暮らしているというのは、
長浜の誇るべき特徴と言えるでしょう。

軒先を流れる川
軒先を流れる川にせり出した気持ちの良さそうな縁先
川に下りる階段
そこかしこの家や路に川に下りる階段(カワド)がある
米川を泳ぐマガモ
米川を気持ち良さそうに泳ぐマガモ

水辺とまちと暮らしの関係がとっても近くて、
石の階段や凝った造りの窓辺など、
あてもなく散策をしていて偶然見つけると
ハッとするような場面に出くわすことが少なくありません。
フラフラと蛍が舞うすぐそばの窓から
食卓の団らんの声や、食器を洗う台所の音が聴こえてきたりと、
まるで小説や映画から飛び出してきたような愛すべき風景。

まちを抜け出して郊外の集落を訪ねても、
やはり数々の美しい水辺の風景に出会うことができます。

農家の庭先の井戸端
農家の庭先の井戸端
いけすの中にはフナやコイが泳いでいる
家と水路が石段で直通
家と水路が石段で直通していることもあります
雪の積もった庭の間を流れる水路
2軒のお宅の、雪の積もった庭の間を流れる水路

車では入れないような細く曲がりくねった路地を歩くと、
あちこちに石積みの水路があって、
澄んだ水が暮らしの中に組み込まれていて、
やはり人間と生き物の気配が濃く感じられます。

小さな村にとって、
これだけの水網を巡らせることは、
容易なことではなかったと思います。
ましてや現代のような土木技術が発達する前の時代に、
私たちの祖先がおそらくとても長い時間をかけて、
澄んだ水に寄り添って暮らしてきた証し。

旧市街や集落のひとつひとつの中に
これだけ丁寧で濃密な空間が連続することに、
私はいつも釘付けになって感動してしまいます。

石積みの古さを見ても想像がつくのは、
どれもみな何十年、何百年という、
とてもとても長い時間にわたって
大切に受け継がれてきているものであろうということ。
かといって日常の中で誰もがことさらに愛でるでもなく、
これについて誰かが熱く語るでもなく、
ごく自然にそこに「ある」という、不思議な存在感。

水のそばは草木も鮮やか
きれいな水のそばは草木も鮮やかで散策が楽しい

かねて私はこの水路のことを、
もっとしっかりと観察したいと考えていました。

というわけで『水辺探訪』のスタートです!
水辺、生き物、多様性、暮らし、
こんなことがらをテーマに
身近な冒険に出かけましょう!

水辺を読み解くスペシャリスト

とはいえ何を手掛かりにどこからどうたどれば良いか。
満を持して水辺探訪に踏み出す今回、
水辺を読み解くスペシャリストに教えを請いました。

西川丈雄さん

それがこの方、西川丈雄さん。
生まれも育ちも長浜のまちなか、
地元に精通する筋金入りの町衆であると同時に、
文化財技師として、
昭和40年代から滋賀県内で数々の文化財発掘調査や
歴史博物館の建設に携わってこられた方です。
さらに地元長浜では、
長浜市史の編さんに携わり、
およそ10年がかりで膨大な情報をまとめあげたという
稀有なキャリアを持ち主です。

竹村 光雄

よろしくお願いします。
改めて水路を丁寧に辿ってみたくて、
西川さんに案内役をお願いできたらと思います。

西川丈雄さん

この辺りの水辺には
歴史上の出来事とか我々の祖先の暮らし方とか、
いろんな情報が凝縮されてるとも言えるね。
上水道ができるずっと前の時代から、
生活するのに欠かせない
きれいな水を大切にして積み上げてきた体系、
かもしれんな。

今は蛇口をひねればきれいな水が出て当たり前の時代やし、
気にとめる機会は少ないかもしれんけど、
逆に新鮮に感じることが多いかもしれんね。

市街地や集落の水辺をたどるならまずは
『土地条件図』を手に入れるべし、と教わりました。

土地条件図

日本地図センターに問い合わせて待つこと約1週間、
こちらが土地条件図。
冒険の手がかりとなる鮮やかな色彩の大きな地図です。

土地の自然条件に関する基礎資料として、
昭和30年代以降の土地条件調査を基に、
山地・丘陵、台地・段丘、低地、水部、人口地形など
主に地形分類について整理されたものだそうです。
私たちが普段何気なく行き来している一帯が、
これだけ複雑に塗り分けられていることに驚きますね!

地図を読み込む

西川丈雄さん

長浜市街地とその周辺は、
一見すると平坦な田園地帯に見えるけどな、
実は龍ヶ鼻を起点に形成された緩扇状地なんやで。

地形解説
西川丈雄さん

姉川が流れてる南側の広い範囲に旧姉川の河道跡があって
伊吹山系から浸透した伏流水が流れるてるんやわ。
その流路の周辺で微妙な高低差やら土質の違いやら、
詳しく見るといろんな違いがあるんやな。

現代社会の日常で、
こういうわずかな地形に気がつく機会は
正直ほとんどありませんでした。
しかし、我々のご先祖たちはそれをしっかりと把握されていて、
今の暮らしにもちゃんと反映されているんだそうです。

黄色いところが微高地
西川丈雄さん

この黄色いところが微高地なんやけど、
何か気がつかん?

竹村 光雄

・・・
集落がある場所と重なってる?
ような感じですよね?

西川丈雄さん

そう、つまりこのあたりは
水はけの良い微高地の上に
集落がつくられてるってことや。

竹村 光雄

すごいなぁ、
こんなにくっきり重なってるんですか。

扇状地
竹村 光雄

この扇状地のあたりはどうなっていますか?

西川丈雄さん

そうそう、
じゃあどんなところに集落があるかっていうと、
この水色のところは姉川の旧河道なんだけど・・・

竹村 光雄

あ!
その色は集落と重なってないですね?

西川丈雄さん

そう、
土地が低いから宅地じゃなくて、
水田になってることが多い。

竹村 光雄

ぼんやり眺めてるだけでは全く気が付きませんでした。

西川丈雄さん

実際の場所をつぶさに見れば
もっと細かい情報がたくさん読み取れるで。
そやからこの地図が全てではないけどな、
どういう場所なのか
頭に入れておくだけでだいぶ整理できるはずやと思う。

考えるよりも出発してみよう

早くもとてもわかりやすい道標を手に入れることができました。
水辺探訪の全体像が見渡せてしまいそうな気がします。

水辺探訪の全体像を見渡す
竹村 光雄

ということはこの米川も八幡川も、
遡れば龍ヶ鼻にたどり着くってことですか?

西川丈雄さん

ほんまはね。
けど一概にそうとは言えんはずやわ。

竹村 光雄

どういうことですか?

西川丈雄さん

龍ヶ鼻から引き込む水量はそんなに多くはないんや。
そやけど集落や市街地を流れて琵琶湖に注いでる川は、
大きいものだけで
米川、十一川、新川、
正確にはほかに幾筋もの流れになっていて、
合わせたらかなりの水量になる。

竹村 光雄

流れながら水が増えてるってことですか?

西川丈雄さん

そやね。
扇状地の端のあたりでかなり水が湧き出してて、
きれいな水がどんどん、川に流れ込んでる。
そやからこの米川にしても、
龍ヶ鼻からだと水田地帯の間の長い距離を
緩やかに流れながらこれだけ澄んでいるし、
水温も低いからいい風が吹いてきてるやろ?
すぐそのあたりでも
新しい水がどんどん合流してるってことや。

竹村 光雄

確かに、ここの水は真夏でも水道水よりかなり冷たいです。
てことはつまり、
細い川筋はたどった先が農家の庭先の井戸
なんてこともあり得るってことですか?

西川丈雄さん

うーん・・・
湧き水の豊富な集落だとあちこちで湧き出てるから、
はっきりとここが水源や、
というのを特定するのは難しいと思うけどな。
ただそこではこの水辺探訪のテーマ
『暮らし』との距離感がかなり近いかもしれんね。

竹村 光雄

そうでしょうねぇ!
でも何か、
ちょっと十分イメージできないなぁ・・・

家一軒の視点では庭先の井戸水は貴重ですし、
大切に使うのはわかるけど、
わざわざ村じゅうに石積みの水路網を巡らせる必要性は
どこか別にあるんでしょうか・・・

西川丈雄さん

むずかしく考え過ぎてもわからんやろう(笑)
とりあえずは米川か八幡川か、
どっちか選んでひとつ上流の集落まで歩いてみよう。

竹村 光雄

はい、ぜひとも!案内よろしくお願いします!

(次回へ続く)